中国経済は供給過剰と需要不足という根本的な問題を抱えています。
不動産市場は過剰投資と規制強化により低迷し、地方政府の財政も悪化しました。一方、EVやクリーンテック分野では補助金政策による競争激化で世界的なシェアを獲得しましたが、供給に対して需要が不十分で、貿易摩擦が深刻化しています。
中国の不動産市場の低迷と地方政府の債務問題
コロナ禍と中国の政策対応
コロナ禍の初期、中国政府は厳格なロックダウン政策を実施し、感染拡大の抑制に努めました。その結果、経済活動が一時的に大幅に制限され、特に消費関連産業が深刻な影響を受けました。これを補うために、中国人民銀行は大規模な金融緩和を実施し、市場に資金を供給しました。
一方で、財政の拡大は限定的で他国と比べて少なく、伝統的な財政均衡主義を抜け出ることはありませんでした。財政拡大がなければ需要が不足します。
その結果、供給された資金は主に不動産市場へと流れ、住宅価格の上昇を引き起こしました。
中国不動産バブルの崩壊
中国の不動産市場は長年にわたり経済成長の主要な牽引役となってきました。しかし、コロナ禍後の政府の不動産規制強化や金融引き締めによって不動産市況は悪化しました。
不動産規制強化として大きかったのは、「三道紅線(Three Red Lines)」政策です。不動産デベロッパーに負債抑制を求めたことで、資金調達が困難になりました。その結果、大手デベロッパーの経営破綻が相次ぎ、市場の混乱を招きました。
中国の未完成マンション問題

中国では、住宅購入の際に「予約販売制度」が一般的であり、購入者は完成前に代金を支払う仕組みとなっています。デベロッパーはこの資金をもとに建設を進めるため、資金繰りが厳しくなると工事の遅延や中断が発生します。このような事態が広がることで、消費者の信頼が低下し、不動産市場全体の不安定要因となっています。
未完成マンション問題は個別企業の乱脈経営や倫理観の欠如から生じているようにとらえられがちですが、背後にあるマクロ経済の政策の影響を強く受けています。
中国中西部の不動産開発

2010年代の中国経済は、都市化の加速とともに不動産市場の拡大が進みました。特に、沿海部の経済先進地域だけでなく、中西部の地方都市でも大規模な開発が行われました。しかし、2019年以降、政府は過度な不動産開発を抑制する政策を打ち出し、市場のバブル的な成長に歯止めをかけようとしました。その影響で、開発の勢いは急激に鈍化し、不動産デベロッパーの経営環境が悪化しました。
2014年に導入された新型都市化政策は、中西部の住宅需要を喚起する目的でしたが、実際には人口流入が限定的であり、幽霊タワマンの増加を招きました。
合理的バブル
合理的な判断の積み重ねによって生まれる合理的バブルは、「ファンダメンタルズより高く取引される資産があり、その価値が年々上昇すること」と「成長率が金利を上回っていること」という2つが発生条件となります。この条件を中国経済は概ね備えていました。この背景には、2002〜2012年の間、投資が飽和状態にあり、資本が過剰に蓄積されたという状態があります。
さらに、合理的バブルに拍車をかけたのが、中国の公的年金制度の課題です。中国の公的年金制度は、公務員が加入する公務員基本年金、企業被雇用者が加入する都市職工基本年金、その他の人を対象とする都市・農村住民基本年金があります。前2者は手厚い一方で、5億人以上が加入する都市・農村住民基本年金は老後の生活保障が極めて不十分です。
人々は安心な老後を手に入れるために、値上がりを続けるマンションを購入し、公的年金に代わる老後の生活を保障する手段となってきました。
不動産市場の低迷による保守的な消費・投資傾向の強まり
不動産市場の低迷により中国の消費者心理は変化し、いつまでも成長は続くという予測に基づく楽観性が中国から失われました。そして、投資から貯蓄へ、消費から節約へ、起業から公務員へと、個人の志向が保守的になりました。
ベンチャーキャピタルの縮小とスタートアップの窮乏、大企業の投資縮小など、成長期待の消失は企業にも大きな影響を与えています。
地方政府の財政問題
不動産市場の低迷は、地方政府の財政基盤にも深刻な影響をおよぼしています。土地売却収入への依存度が高い地方政府は、景気後退局面では財政均衡論につながりやすく、積極的な財政政策を取ることが難しくなっています。中国経済の回復には、財政出動の拡大が不可欠ですが、現時点でその兆しは見られません。
不動産市場の低迷と地方政府の債務問題の対応策
不動産市場の低迷と地方政府の債務問題という、中国経済の二大課題をソフトランディングさせるには、積極的な財政政策と金融政策によって当面の経済成長率を維持しつつ、稼いだ時間で社会保障制度の拡充と整備を行うことだと考えられます。
これまでは不動産の合理的バブルが社会保障を代替してきました。今後はそれが期待できない以上、正規の社会保障を充実させる必要があります。それができなければ中国に深刻な社会不安が訪れると考えられます。
中国の新産業政策の成功
中国の産業政策
中国製品が安くて競争力がある理由は政府が特定企業に補助金をだすことが原因と思われがちですが、それは正確ではありません。
中国政府は補助金を出しますが、それは特定の産業全体に出すのであって、特定企業を露骨に優遇する産業政策は少ないです。中国に進出している外国企業も恩恵を受けます。
中国の産業政策の特徴は、補助金によって市場を拡大し、結果として参入企業が増え、競争が激化し、優秀な企業が生き残るとともに価格が下落するものです。

高付加価値のEV、車載用リチウムイオン電池、太陽光パネルからなる「新三様(新三大輸出製品」では、中国の産業政策が成功して中国企業は高い世界シェアを握っています。そして「新三様」にも、すぐに供給能力が需要を上回る生産能力過剰が見られるようになりました。
中国の生産能力過剰問題
中国は生産能力が過剰になってしまう傾向があります。これは中国の産業政策や中国人の起業精神が旺盛なことと関係しています。補助金によって参入企業が増加して供給過剰になってしまうことが様々な産業で繰り返されています。
2000年ごろのチャイナショック1.0では鉄鋼や電化製品が中心でしたが、2020年頃のチャイナショック2.0ではEVなど高付加価値製品が中心になっています。
習近平政権は、成長実現のための重点対策として、国内の需要拡大や景気対策よりも、イノベーションを重視しています。その結果、高付加価値な製品が作れるという供給サイドの問題ばかり改善され、購入者不足という需要サイドの問題は解決されず、生産能力過剰問題が続いています。
中国の輸出品による貿易摩擦
中国の産業政策は、企業間の競争と製造コストの低下につながりましたが、供給能力に需要が追い付かないため、国内市場の拡大が頭打ちになると、製品は海外に溢れ出します。
その結果、各国の反発を招いています。
中国の需要不足問題
競争力の高い産業を育成するという意味では、EVをはじめとする中国の産業政策が成功してきたのは間違いありません。しかしその成功は供給側で、需要側は何も変わりませんでした。
強力な供給力で生産した製品を誰に買ってもらうのか、需要側の問題が取り残されています。
EVをはじめとする新興産業の成長と、不動産バブルの終焉はいずれも「供給能力が過剰で、消費需要が不足している」という中国経済が抱える根源的な問題に由来しています。
一帯一路による需要喚起

中国政府も需要不足問題には気づいており、途上国への積極的な資金輸出「一帯一路」によって需要を喚起する政策を進めていました。つまり、外国に融資して外国のインフラを整備しますが、その資材を中国から輸出して中国の供給過剰問題を解消しようとしました。
しかし、ウクライナ戦争でロシアの対外資産が凍結されたことを見て、中国は対外資産を縮小し始めました。その結果、一帯一路による需要喚起も縮小されています。
今後の中国経済
中国のバブルの崩壊と産業転換
中国の不動産市場で供給過剰と需要不足の結果、不動産市況は低迷しています。EV、車載用リチウムイオン電池、太陽光パネルでも同様に供給過剰と需要不足が起きています。
金融機関の新規融資の動向を見ると、不動産市場の冷え込みによる不動産向け融資の減少と同じ時期に、EVなど向け融資が増加しています。これは過剰投融資の産業間のシフトととらえることができます。
中国の産業政策から、特定の産業の行き着く先は生産能力過剰と価格下落なので、不動産と同様にEVでも価格下落が起こると考えられます。
EVは輸出できるので世界中で低価格の中国製EVが販売されており、各国との間で貿易摩擦が発生しています。そもそも中国のような経済大国が経済成長率を輸出に依存している状態は持続可能ではありません。
政策や補助金による需要拡大と、その結果として参入企業が増えて競争が激化する、中国の経済政策の成功パターンは、EVなどだけでなく半導体などほかの先端技術でも同様に繰り返されるだろう。
EVなどから次の産業へと過剰投融資がシフトすれば中国経済の成長率は維持できますが、課題を先送りしていることになります。
中国の消費マインド
住宅市場の低迷があらゆる世代の消費マインドを冷え込ませており、需要側が回復していません。供給能力の過剰と消費需要の不足は中国にとって長年の課題ですが、現時点でその解決につながる政策は見られていません。
まとめと中国への投資戦略
中国経済は供給過剰と需要不足という根本的な問題を抱えています。
不動産市場は過剰投資と規制強化により低迷し、地方政府の財政も悪化しました。一方、EVやクリーンテック分野では補助金政策による競争激化で世界的なシェアを獲得しましたが、供給に対して需要が不十分で、貿易摩擦が深刻化しています。
中国への投資戦略としては、国策で成長が期待できる分野に注目しつつ、地政学的リスクを考慮することが重要です。